読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

そして今も途方に暮れている

日常

 つい一ヶ月ほど前、ある研修に参加した。入社して一定時間が経過した社員たちを一堂に集めて、「今までを振り返り、今後の身の振り方を考えましょう」というような研修だった。

 当然、そこには「同期」と呼ばれる人間たちが数多くいたのだが、グループ全社併せて数百人もいると、さすがに「同期」といっても知らない人間の方が多い(今の就職超氷河期を思うとこの採用人数は異常に映る)。研修はグループワークが主だったのだが、自分が振り分けられたグループに知った顔は一人もいなかった。グループの他のメンバもどうやら同じであるようだった。

 研修の内容の所為もあってか、午前が終わる頃には比較的打ち解けた空気になった。誰かの「昼食皆で食べない?」という提案に「まあいいか」と思う程度には。

 研修場所が駅からだいぶ離れた場所だったせいだろう、近くの食堂はかなり混み合っていた。空いている席に限りがあったので、結局分散して席に座ることになった。

 同じテーブルについた同グループの女性は、今年の2月に結婚したばかりなんだと話してくれた。しばらく結婚生活についてのなんでもないような会話が続いて、その流れで何気なく「子供はほしいですか?」と尋ねた。すると彼女は、「実はもう」と言ってはにかむように笑って、腹部にそっと手を当てた。

 彼女の言葉は、とても静かに驚きを運んできた。その人が妊娠しているという事実に、ではなく、その瞬間、彼女が一人でありながら、二人になったことに驚いてしまったのだ。当然、それは俺の認識の問題でしかないのだけれど、目の前の女性の中に、急に命が生まれたような、そんな感覚だった。



 食後、煙草を吸いに一人輪を抜けた。研修場の喫煙所ではなく、少し離れた場所にある寂れた公園へ向かった。何年か前にもこの場所で研修があったのだが、その際に見つけた公園だった。

 小高い丘の上に位置する公園からは、東京の外れの町が一望できた。見渡す景色には建造物よりも自然が多い。都内といえども、少し外れまで来ると途端に緑の量が増える所々で紅葉が始まっており、赤や黄色が目に鮮やかだった。

 ふと、何年か前の冬の記憶が蘇る。あの日も、こうして一人で煙草を吸っていた。相変わらず俺は一人になりたがるなあ、と蘇った記憶と今の自分を比べて思った。『孤独が好きなの?』ノルウェイの森の緑が頭の中で問いかける。思わず苦笑い。孤独は好きじゃないよ。慣れない人たちといると疲れてしまうだけだ。……ワタナベトオルはその問いに、なんて答えていたっけなあ。

 しかし、さすがにスーツだけでは寒い季節になった。吐く煙の白と息の白が切れ目なく繋がっているのを見て、冬の訪れを実感する。何気ないことだけれど、寒さよりも何よりも、毎年それに冬を感じてしまう。今年も、例外なく、冬が来た。


 研修最後の作業は個人作業だった。作業終了者から帰宅してよし、とのことだったので、さっさと終わらせてさっさと席を立った。染みついた行動様式だな、と頭の片隅で思う。

 建物から出ると、昼間と比べてかなり気温が低かった。白い息を追って目線を上げると、正面の空に信じられないくらい明るい月。周囲に街灯が少なかったせいもあるだろう。しんと冷え切った夜の空気を滑るように月光が注いでいた。

 月を追いかけながら、駅までの道のりを歩く。

 昼間、あの女性が自分の手をそっと下腹部に当てたあの仕草を思い出す。あんな風に自分の腹部に手を当てることは生涯ないだろう。なにせ俺にはそういう器官が存在しない。彼女が手を当てたのは、彼女自身の腹部でありながら、「彼女自身」ではないんだろうな。

 こういう機会でもなければ、恐らく一生話すこともないであろう人たちと、一生話すことのないような内容の話をした日だったなあ、と思う。そして恐らく多分、この人たちとこうして話すことは今後もう二度とないだろう。

 それは純粋にとてもよい経験、時間と言っていい。決してとても楽しいとか、心躍るとか、そういった時間ではなかったけれど、普段では決して広がらない方向に世界が広がっていくような不思議な感覚があった。

 人生のある瞬間、ほんの短い短いその瞬間、たまたま同じスタートラインに並んでいた我々には、平等に同じだけの時間が流れた。けれど当然、その一人一人には自身を中心として進む物語があって、その同じだけの時間、それぞれの物語が進んでいたのだ。

 それを思って途方に暮れる。当たり前に知っていることだけれど、ときたま、そういう「当たり前」に驚いてしまう。当たり前であるがゆえの圧倒的な強さにあてられてしまう。

 自分の物語も、同じだけの季節を越えて、同じ時間進んだんだよなあ。……これからの物語を、俺はどうしたらいいんだろう。

 自答して、また、途方に暮れた。