20200613

 こないだ、約二か月ぶりにジムに行った。今回の新型コロナでジムが閉まって、緊急事態宣言解除に伴って営業を再開したらしい。外から覗いてみて混雑していたら帰ろうと思っていたのだが、ほとんど人はいなかった。家でもトレーニングは続けていたが、やはり家より集中できるというか、それしかやることがないというか、そのために行っているので、自分にとってはトレーニング効果が高いように思える。というか、追い込みすぎて吐くかと思った。筋肉痛が治らない。あと、マスクしながら鍛えるのがきつい。

 この6月でジムに通い始めて二年になるけど、二年前の写真と比較するとだいぶ体が大きくなった。通い始めたときにジムに行った日の風呂上りに写真を撮るようにしていたのだが、体の変化が目に見えて分かるので撮っておいてよかったと思う。こないだ比べてみて、二年前は記憶にあるよりも体が貧弱だったので驚いてしまった。まあそもそも、学生時代の遺産だけで大して運動もせずにいた結果体のキレが失われたことを憂いてジムに通い始めたので、二年前は実際貧弱であったのだろう。服のサイズが変わったりしたので大きくなったことは分かっているのだが、やはり変化が徐々に来ているのと、マジのキン肉マンたちが多すぎて自分の体がまったく大きく見えない(見れない)。あと、二年くらい通ってると、よく見る人とかもちろんいるんだけど、同時期に入会してたり、あとから入った人もどんどん体でかくなってたりするので面白い。もちろん、見なくなった人もいる。

 緊急事態宣言が解除されて、少しづつ人の流れが戻ってきて、在宅だった仕事が今まで通りの勤務体制に戻り、少しづついろいろなことが動き始めた感じがする。とはいえ、街行く人々は皆マスクをしているし、多くのお店では検温や消毒を入り口で実施しているし、以前と同じ日常が戻ってきているわけではない(もちろん、まったく意に介さず過ごしている人もいるだろうけれど)。状況を見ながら、なんとかバランスを探ってやっていくような感じなのだろう。まだ、決定的になにか解決をみたわけではなく、濃淡が変化している中にいる、という感覚だ。こうした状況は、あとひと月ふた月でどうこうなるわけではなく、落ち着くまでには時間がかかるのだろう。新しい生活様式という言葉があるが(売れない芸人のコンビ名ぽい、どうもー新しい生活様式です!)、以前の生活に戻ることを思うより、今この変化する状況に柔軟に対応することこそが日常になったのだ、と思って生活するほうが疲れないだろうけど、なかなか難しい。

 4月~ゴールデンウィーク終わりくらいまでは、あまり悩むことは少なかった。当時(今もそうだが)、今回の状況におかれて自分ができることはそこまで多くなくて『なるべく外出をせず、外出時にはマスクを着用し、手洗いうがいを徹底、そのうえで自身の体調(や変化)に注意する』くらいだった。どちらかというと、心が摩耗しないようにすることのほうが、自分にとっての気を付けるポイントだった。日常の何でもない行為に、ひっかかりや、ためらいがあるという状況は、気づかぬうちに少しづつ積み重なって心を重くする。そのうえ、気分転換に外出したり友人らと会うといった手段をとれないとなると、余計だ。なので、心が摩耗しないように、極端に新型コロナに怯えて身動きが取れなくならないように、という感じで日々を過ごしていた。

 ただ、今はちょっと状況が変わった。東京アラートとかいう都庁とレインボーブリッジを赤くするエンタテイメントが発動されてはいるものの、4月5月よりは格段に全体が緩んだし、なんなら全面解除の感覚の人も周囲に割といる。どこまでがオッケーでどこまでがだめなのかの判断が人によってめちゃくちゃに割れる。はっきり言って今のほうが断然疲れる。なんというか、日常みたいなツラして全然日常じゃないのに、日常を強いられているような感覚がある。書いててわかったけど、まあ疲れるよな。疲れないほうがおかしい。やっぱり、仕事がだめなんじゃないか。仕事は人にとって負担なので取り除いたほうが良い。

 そんななかで、ジム復帰はまあ、一ついいことだ。運動するとすっきりするので。

 4月、5月は、心のどっかで常にハワイに行きたいなあ、と思って、ハワイアンミュージックばかり聞いていた。Instagramにも書いたからそのまま引用するんだけど、ハワイに行きたいというのは実際には『これは、今に限ったことではなく、割と年中そう思っているのだが、これはおそらく現実のハワイに行きたい、というのとは少し異なる。この現実からの逃避先として存在する鉤括弧つきの「ハワイ」である。存在しないはずの記憶の中の「夏」もそれと似たものだろうが、ハワイは現実に行けて、かつ、現実に行っても最高な点で異なる』というのが正確だろうと思う。ハワイアンミュージックばかりきいて、ネットでアロハシャツを買い、youtubeでハワイの4K映像を見たりしていた。ハワイにいけないなら、ここをハワイにすればいいのだ、みたいな気持ちだった。割と救われていたような気がする。話がずれるが、現在アロハシャツの手持ちは3枚で、内1枚がコットン、2枚がレーヨンなのだけど、レーヨンは洗うのめんどくさいことを除くと涼しくてほんといい。毎日アロハでもいい。時間だけはめちゃめちゃあったのでアロハシャツについて色々調べてたらアロハシャツについて少し詳しくなったし、アロハシャツ名柄めちゃ出てくる映画「地上より永遠に」って映画もアロハのために観た。映画に出てきたアロハ、まんまと買ったよ。めっちゃいい柄なんだ。今年もう一着くらいアロハ買ってもいいな。アロハおじさんになる。

 ハワイいきてえなあ。

ブリーフとトランクスとボクサーパンツ

 ツイッターに書くには長く、ブログに書くには短い、みたいな気持ちがしてじゃあどこに書けばいいんだこの想いは……っ! って思ったのだけど、ブログはある程度長く、かつ内容がなかえればならないみたいな思い込みって毎度発生するんだけどこれはいったいどこ由来なのか。俺は屈しない。

 下着の話をしたい。

 今現在、下着と言えばボクサーパンツを選んではいている。けれども、なぜボクサーパンツを履くようになったのかまったく思い出せないでいる。いくつか「こうではないか」みたいなことを予想はしているのだが、約20年前の自分の気持ちについての記憶が格納された脳内のどこかとはネットワークが完全に切断されており、再接続の兆しがない。まあとにかく、そうして下着について考えていたのだけれど、なんか文章にしようって思ったので書くことにした。

 下着について自分自身で明確に「こうしたい」という意思を持ったのは恐らく中学入学してからであったような記憶がある。小学校の高学年であった可能性もあるが、とにかく、その辺りで「下着への意志」が芽生えたように思う。昨今の小学生は恐らくそうではないのだろうけれども、私が小学生男子であった時代、私の通う小学校では男子児童と言えば白ブリーフという時代であった(他校や他地域についてはしらん)。白ブリーフ以外の男児がいれば目立ったと思うので覚えていると思うのだが、まあ小学校時代の記憶など頼りにはならないので何とも言えない。ただ、それでも大多数は白ブリーフであったと思う。校則のような、ないしは明文化されない白ブリーフ要請が学校からあったのかどうかは知らない。とにもかくにも、我が校の男児はみな白いブリーフをはいていた。そうしてある日白ブリーフたちは中学へと進学するのだが、徐々に白ブリーフからトランクスへと変化するものが現れはじめた。白ブリーフはお子様のはくもの、大人はトランクスをはいている、みたいな風潮があった。一人、また一人と白ブリーフがトランクスへと姿を変えた。私も漏れなくそのムーブメントに乗った。ブリーフではなくトランクスへとシフトしたのだ。当時の気持ちは思い出せないが、一つ大人の階段を上ったような心地であったことだろうと思う。私服だった小学校を卒業し、中学生への進級を分かりやすく体現する制服に身を包むことで、急に大人になったような気持ちになるそれと似たような心地だろう。しかし、トランクスには明確に一つ、大きな問題があった。ちんこが見えるのである。

 私が通っていた中学校は体育の授業時ホットパンツかと思うほどの丈の、文字通り短パンが体育着として指定されていた。トランクスの種類によっては短パンよりもトランクスの丈の方が長く、短パンからトランクスがはみ出すことは日常茶飯事であった。けれども、丈はホットパンツであるのに裾はゆるっゆるであった。つまりトランクスの上に緩いトランクスを重ねているような、そう、実質トランクスの二枚ばきである。そして、その短パンが諸悪の根源であった。体育の授業の際、校庭なり体育館なりで二列横隊で座らされるとき、私たちは体育座りなる座り方で座っていた。この文章をお読みの紳士淑女の皆様も体育座り、ないしは三角座りをした経験がおありだろうと思う。一応説明すると、Wikipediaによれば「尻を地や床などに着けて、両脚の膝を立てて踵を揃え、両腕は両膝を抱え込む坐法を指す」という座り方であるのだが、この座り方をすると、そう、短パンとトランクスの裾からちんこが見えるのである。見えるだけならまだいい、ときに裾がまくりあがればモノがまろびでることすらあった。悪夢である。恐らく、体育座りの生徒の前に立つ体育教師には数多くのチンチラ(猫ではない)が見えていたことと思う。そこで私は体育のある日はブリーフ、ない日はトランクスと使い分けるようになった。体育の時間のたびにチンチラ(猫ではない)に怯えるのはいやだったし、当時も今も私はちんこを他人に見られて喜ぶ性癖は持ち合わせていない。

 閑話休題。ちんこがまろび出る話は完全に余談だった。そういえばちんこ出てたなーって思い出したら書きたくなってしまった。あとどうしようもない話なんだけど、いくつになってもちんこって言葉の響きにはなにか感じるものがあるんだよ。あるんだ(強い意志)。

 そうして、体育の授業のない日はトランクスへと進化した私であったが、中学を卒業し高校の一年生時、一体どのタイミングかは覚えていないのだが、ボクサーパンツをはき始めた。理由は前述のとおり覚えていない。ただ、いくつか、こうではないか、という理由を想像はできる。トランクスはタイトなジーンズなどをはいていると裾がまくれ上がってきて食い込んで来たり、ジーンズ内で裾がもたついたりすることが割と結構な頻度であり、その辺りはいかんともしがたい不快さを感じていた記憶がある。あと、若干ボトムを腰で履いたときに、こうトランクスが余る感じが嫌だった(説明をあきらめている文章)。また、緩いジャージのようなものをはいて運動をする際、トランクスではホールド感が足りないと感じることがあった。トランクスの中で上下左右に彼はあまりに自由であった。女性が運動の際にスポーツブラをするのと同じように、私は運動中にはある程度のホールド力が欲しい。また、恐らく中学時に「運動時はブリーフ」という習慣が、運動時には若干のホールド力、みたいな慣れにつながっていたのだろうと思う。でも今さらブリーフってのもどうなの……そんな私にとってのいいとこどりだったのがボクサーパンツだったのではないか。まあ、あとは覚えてないけど誰か芸能人とか雑誌とかでボクサーパンツ見てめっちゃかっこいいじゃん、って思ったのかもしれない。高校が私服の高校だったのもあって、そのころからファッション雑誌を読み始めたのだけれど、大概ファッション誌の広告で、めっちゃマッチョのかっこいい外人がカルバンクラインのボクサーパンツ履いてた記憶あるし、もっとそういう理由かもしれない。まじで覚えていない。けれどもとにかく高校一年生の時にボクサーパンツにシフトしたのだった。

 当時、ボクサーパンツは完全なる少数派であった。というかボクサーパンツをはいてるのはクラスで私だけだった。昨今では男性が下着にボクサーパンツをチョイスするのは珍しくないというか、どちらかというともはやそれが普通みたいな感じに思われるのだけれど、少なくとも20年近く前はそうではなかった。腰パンの男が見せていたのはトランクスだった。そうしたなか、私がチョイスしたのはカルバンクラインのグレーのボクサーパンツだった。カルバンクラインを選んだのは、前述の雑誌等の影響であるように思う。トランクスのような見た目でありながら、適度なフィット感を提供するこの下着に私は完全にとりこになった。もうボクサーパンツ以外はく必要ないな、と大げさではなく思ったのだった(実際、それから約20年ボクサーパンツをはき続けている)。ボクサーパンツに変わったことは、ブリーフからトランクスになったときのような気持ちを運んでくることはなかったのだけれど、思春期真只中にあった私にとって、人と違うものを自分が身に着けている優越感のようなものがあったかもしれない。ある日、他クラスと合同の体育の時間の際、今までほぼ喋ったことのないギャル男が急に私に話しかけてきて「○○くんって、パンツいつもカルバンクラインだよね。○○くんったらカルバンクラインって感じあるよ。いいよな」と言われたことを覚えている。誰だったんだあいつ。名前も思い出せない。ただ、あのギャル男にとって「カルバンクラインのボクサーパンツ」というのは言及するに足るアイテムであったのだろう。そして、そうしたアイテムを自分が選んでいたことが、当時の自分にはちょっと嬉しかったのだと思う。だから記憶にあるんだろう。高校生の俺かわいいかよ。

 まあ、そうしてボクサーパンツをはき始めて今に至るんだけれど、今はたぶんほとんどボクサーパンツが主流っぽいよね。いつからそうなったのかとかは検索すればそうした言及がありそう。今の若者は逆にトランクスがかっこいいみたいなカウンターが起きたりしているんだろうか。ちなみに、カルバンクラインの無地のものを長らく愛用していたのだけれど、他ブランドにもいくつか手を出してみた時期があった。派手な柄のものだったり、マイナーなブランドのものだったり。けれど、結局またカルバンクラインの無地に戻ってきている。回帰って感じだ。落ち着く。

 いまいち何が書きたくて書き始めたわけじゃないので話の着地点を全く想像していないかった。もうこのまま終わるけど、言いたかったのはそうだ、「カルバンクラインのボクサーパンツはベタかもしれないけどまじでいい」ってことです。まじで下着の話だった。なんでこんなの書きたかったんだろう。でもすごい満足感がある。冒頭でブログには短いみたいな話したけどめっちゃ書いたわ。あと、最後にどうでもいいけど、カルバンクラインのボクサーパンツっぽい素材というか見た目の女性のアンダーウェア、あれすごいいよね。カルバンクラインのインスタグラム見てるとたまに海外女性がその下着姿で登場するんだけど、まこと性癖に刺さる。

2018.9.28

 恒例の秋の滅入り期間である。こんなものは恒例になってほしくないものだが、毎年律儀に気分が下降するのでいい加減にしろという気持ちにはなる。ただまあ、日常生活に支障が出るかと言われると、若干元気が失われる程度で、のらりくらりやれる程度には耐性がついたのだろうか。ついた。ついたに違いない。そう思う、思いたい。

 季節性のそうした気分の下降とはまったく別に、夏過ぎからいくつか悲しいことがあった。正確には、悲しいと言えばいいのか、寂しいと言えばいいのか、腹立たしさもあって、いまいちその自分の感情になんという言葉を与えれば適切に表現できるのか分からないままでいる。静かにじわりじわりと心のどこかを締めつけるような重い靄を飲み込んでしまったみたいな、そんな心地だ。これも適切に表現できているかはなんともいえない。ただ、間違いなく、愉快ではない出来事があった。そうだな、そう、愉快ではないこと、だ。

 なにもかもが移ろい変わっていくなんてことは、今更言葉にするまでもないくらい、昔から(今でもそして恐らくこれからも)様々な人々が色々な形で残している。一言で言うのなら「無常」というそのことは、ありきたりだと思えるほど人を揺さぶるのだろう。それについてどう感じ、どう向き合うのか。

 誰もかれも、もちろん自分自身も、なにもかも、同じままではいられない。ただ、俺が望む形じゃなかっただけだ。いいとか悪いとかじゃない。単純にそれだけのことだ。もちろん、どうにかしたいわけでもない。でも、感情は動く。

 振り返ってみれば、もうあのころは霞んで見えるほどに遠い。ずいぶん遠くまで来たんだ。しょうがないよな。

 ああ、今日はいい天気だな。