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風の谷のナウシカ読んで、観た。

映画 書籍

 月曜日に実家で「風の谷のナウシカ」の原作を読んでから自分の中でナウシカ熱が急激に高まってしまい、映画のBlu-rayを購入して本編→オーディオコメンタリーのコンボを決めたお陰様でTwitterでナウシカのことばっかり呟いてた。

 Twitterは流れていくもので、ブログは文字通りログとして残っていくものというイメージを持っているのだけど、折角ここまで沢山ナウシカについて考えた日々だったので、Twitterの発言をもとに感想をちゃんと残しておこうと思う。

 ナウシカの原作は一度だけ買ったときに読んで以来恐らく読み返してなくて、たぶんその理由としては、なんか「気にくわない」というそこに尽きるのだけど、読みながら内容を思い出していく始末だったので新鮮に楽しかった。けどやっぱ気にくわなかった。原作の感想は総括すると「ナウシカを誰が救うの」に尽きる。原作読み進めれば読み進める程に、ナウシカって本当に孤独だった。

 冒頭の王蟲の抜け殻に興奮するナウシカがすごく可愛いかった。「フフフ セラミック刀の刃がこぼれてしまった 武器工房の者たちにおしえたら みんなおどり出してしまうな」という発言なんかもすごくよくて、ああナウシカって可愛いなあって思って読んだ。だけど、今までナウシカに対して「可愛い」って感情を抱いた記憶がなくて、なんでだろうって思ってたんだけど読み終えた今なら理由が分かる。このお話においては、ペジテのお姫様墜落してくる手前までしかナウシカが無邪気に少女でいられるシーンがない。普通の少女であることを、ナウシカはこの物語において最後まで許されなかった。そもそもナウシカは姫様なんだけど、それでも。

 ナウシカのストーリーを極めて単純化するなら、「ナウシカが世界を救うお話」といっていい。2巻で「大海嘯」の可能性を察知してトルメキア軍に一人でついていくことを決めたシーン。それを聞いたジル(ナウシカの親父)が『おろかなやつだ たったひとりで……世界を守ろうというのか……ナウシカ……』って言うんだけど、その通りにナウシカはこの辺りからずっと一人で世界を背負っていって、最後まで背負いきってしまう。たくさんの大人達がもうどうすることもできず迷走する中、(色々な人の助力はあったにせよ)ナウシカは最後までほぼ一人で世界を動かしてしまったし、そうせざるを得なかった。そんで最終的にナウシカは神様になってしまう。そうして神様となったナウシカが世界の全てを背負って、世界は救われる。そういうお話だ。そして俺は、それがどうしても気にくわない。たった一人の少女に世界を背負わせて仕舞いには神様にしてしまう、この物語の構造にすごくもやもやしてしまう。じゃあ人間としてのナウシカの孤独を誰が救うのだろう。

 ナウシカってすごい孤独だ。風とかすごい読むし、風どころか情勢も読むし、無駄に色んなこと察しちゃうし、気付いちゃうし、そういう能力遺憾なく発揮して世界の真実に迫っちゃう。その上真っ直ぐで、偏見なんかなくて、博愛だし、ナウシカって文字通り超人として物語に君臨してて、ふつうほかのキャラクターとかが分散して持っているような役割をたった一人で全部担ってるし、担っていく。物語が進めば進む程ナウシカは孤独になっていく。母に愛されずに育ち、父を亡くし、テトを失い、師を失い、それでも一人で歩いて、そして最終的には神様になってしまう。それってとんでもない孤独だと思う。想像を絶する孤独だ。沢山の人に愛され、慕われ、崇められても、ナウシカの隣には誰もいない。「ナウシカ」を普通の一人の少女として見る人がいない。

 物語中でナウシカが孤独に言及するのはたぶんたった一回だけ。5巻で『もう何もかもとり返しがつかないのは判っている わたしは何もできなかった……でもわたしをひとりにしないで 王蟲…』って言うシーン。これはナウシカの心の叫びだ。なのに、その叫びが向かう相手が、王蟲なんだよ。もう、それだけで泣きたくなる。すごくしんどい。

 ナウシカ原作は7巻で終わっちゃうんだけど、宮崎駿は最後までナウシカの孤独を救わなかった。 最後一瞬アスベルがその役目担うのかな、って思わせるシーンがあったけど、ナウシカの孤独を救うシーンは描かれないまま終わってしまった。ナウシカが神様でも巫女でも使徒でも族長でも姫様でもなく一人の人間に戻れるようなシーンが見たかった。それがあったら、俺はきっとこんなにももやもやした気持ちにならないですんだのに。

 ナウシカって16歳だよ。それは現代日本と比べてしまえば、ナウシカの生きる世界は全然違うので現代日本の16歳とは比較してもしょうがないのかもしれないけれど、それでもやっぱりまだまだ少女だよ。16歳の女の子じゃないか。書いててすごい泣きたくなってくる。「自分は母に愛されていなかった」と言った少女が、沢山の近しい人たちを亡くして、それでも世界をたった一人で救ったよ。でも、その少女がたった一人救われないなんて、それはあんまりだろ。周囲のやつらはなにしてんだよ。ほんとう、いくらなんでもだろ駿。頼むよ。

 Twitterでもずっとぶちぶち言ってたんだけど、なんでこんなこと言うかってナウシカが好きだからだ。だから、俺は世界よりもナウシカが救われるお話が読みたかった。でもきっと、世界が救われなければナウシカは救われなくて、だからナウシカは世界を救うしかなくて、どうしようもなくナウシカは独りだ。

 きっともう宮崎駿がナウシカを描くことはないから、俺は脳内でナウシカが救われる未来を想像する。でも、未だにそういう物語を上手く想像することができずにいて、ナウシカは今も孤独で、それがすごく悲しい。

 まじほんとう駿まじ。

 本当に、物語は終わってしまうから、嫌だ。


 このまま終わるとすごく気分的にあれなので、以下Twitterで呟いてた感想適当に箇条書きで。


王蟲は脱皮するときどっから抜けるのかと疑問だったのだが、映画の抜け殻ちゃんと後ろのほうに切れ目あった……アイツ背中から出るらしいよ。
・蟲踏んづけて謝るナウシカかわいい。
・動いてるナウシカ見るとマンガで見るよりも強く思うが、ナウシカの身体能力おかしい
・『水も風も滞りなく穏やかです』は素晴らしい挨拶。
・ユパがモヒカンだったことにショック受けた過去を持つのは俺だけではないはず。
・駿の描く乗り物虫っぽくてかっこいい。
・敵襲で周囲の船落ちまくってる中、「なんちゅう脆い船じゃ」って冷静に言ってのけるミトの修羅場くぐってきた感。そのくせ「姫様!もうだめじゃあ」って姫様にすぐ弱音吐くあたりにミトの姫様への甘え見える。
・ペジテからは中東のにおいがするな。
・映画の方がまだナウシカの超人感とか孤独が薄いので原作よりももやもや感は少ない。・腐海の底でナウシカにアスベルが「泣いてるの?」と問うところ。アスベルの問いに「うん、嬉しいの」と答えてむこうを向いてしまうナウシカと、そのナウシカのかたわらに静かに座ってるテト。そして黙ってそこにいるしかないアスベル。本当すごくいいシーンだな。
庵野秀明さんがオーディオコメンタリーで上記シーンについて「これをあんな親父がああ」って言ってるけど本当その通りだよなあ。駿の脳内にはきわめてリアルな少女が何人か住んでるんだろうな。
・ナウシカとアスベルの会話全然噛み合わない感がいい。ナウシカがアスベルの話半分に聴いて寝ちゃうところ。
・庵野「胸を揺らすっていうのを初めてやったのは宮崎駿じゃないかと私は思うんですけど」 駿……!!
・トルメキア軽装兵、重装兵の重くて硬い感じとは逆に、短剣左手に持つ二刀スタイルで跳ねるように戦うところがいかにも軽装兵っぽくてよい。ユパも同じスタイルだった。
・コルベット対メーヴェ、音楽含め超名シーン。
・今更気付いたんだけどナウシカとクシャナって映画だと色違いのピアスしてるのね。ナウシカが赤でクシャナが青。映画では対の存在として描かれたんだろうな。
・「わたし生きるの好きよ。光も空も人も蟲もわたし大好きだもの!」っていうナウシカの台詞本当素晴らしいけど、だからこその孤独なのだろうな。
・クワトロが人間くさくて良かった。
・「殿下ーッ!! わが分隊 隊列を離れます お許しを!!勇敢な少女を見捨てては 装甲兵の名折れ ナウシカ殿を援護します!」「許す!行けェ!」のシーンすげえ格好いいのに、結局ここでもナウシカ「私ひとりなら逃げ切れたのに……!」とかいって超人。本当ひどい。駿、鬼。
・今回原作読んで映画二回見て思ったけど、自分にとってのジブリってナウシカとラピュタなんだな。他のジブリ作品も好きな作品あるけど、ナウシカとラピュタがあればこそだ。

総括:気にくわないけど風の谷のナウシカ超面白い。すごい好き。