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いつだって、そう

なんか思ったこと

誰かの願いが叶うころ あの子が泣いているよ皆の願いは 同時には 叶わない

宇多田ヒカル 13th Single「誰かの願いが叶うころ」


 宇多田ヒカルの『誰かの願いが叶うころ』という曲を、昨日随分久しぶりに聴いた。タイトルを聞いても曲が出てこなかった。wikipedia先生によれば2004年の4月に発売だそう。

 なんで当時の自分はこのを曲スルーしていたんだろう。聴けば思い出すのだけど、そこまで好んで聴いていた覚えがない。昔の自分でも「好みそう」な気がするのだが、それは今振り返るからなんだろうか。

 ただ、もう6年も前だ。6年あれば小学生も卒業して中学生。今の自分と当時の自分は陸続きでもやはり違ってくるだろうとは思う。(それ以上に多分、当時この曲が出たときの自分の気分的な問題が大きそうだけど)

 そしてまぁ、当然、わざわざこんな記事を書くくらいなのだから、昨日の自分のどっかにこの曲はひっかかったわけだ。



 随分昔。まだ中学生だった頃。ある本に出てくる女子高生が『どうしてみんなただ幸せになりたいだけなのに、幸せになれないんだろう』というようなことを言いながら泣いているシーンがあった。「ああ、その通りだなあ」というようなことを思って、ハッとしたのを思い出した。

 これは「そうだね」としか言いようのない問いだなあ、と思う。それは問いの形をした、嘆きや感情の吐露だから。だから、きっと、この問いは答えを求めてされるものじゃないんだろう。

 けれど、それでも敢えてその問いに答えるのなら、『「誰か」の幸せは「誰も」の幸せではない』ということだと個人的に思う。
 身近な例で言えば、クミを想うケンとトムという人間がいて、トムがクミを射止めたとしよう。それは「トムにとっては幸せ」でも「ケンにとっては悲しい」ことだ。

 誰かの望んだ未来が、誰かの望まない未来だった。単純にそういうこと。

 それは本当にどうしようもないことだ。人それぞれに、それぞれの幸せを認める以上そういったことは起こり得るし、それを避けるには価値観の多様性を放棄しなければいけない。

 でもだからと言って「どうしようもない」で済ませられるのなら、上のような問いかけはされることもなかっただろうし、きっと、宇多田ヒカルもこんな歌を歌ったりはしなかっただろう。

 「どうしようもないこと」が沢山あり過ぎるんだよ。

 ほんとうに。



 こういう話をしているとき、こういうことを考えているとき、よく思い出す言葉がある。

「だから今ある幸せを大切に」

例えば、
あなたが死にたいと思った今日は誰かが生きたいと願った明日。だから……命を大切に。
飢餓で死ぬ子供たちがいる。だから……食べ物を大切に。
誰かが君の幸せの向こうで泣いているのだ。だから……幸せを大切に。

 そういう言葉を恐らく生きていれば一度は耳に目にしたことがあるように思う。個人的に、余りその「流れ」が好きになれない。

 勘違いされること必至な内容なので、初めに断わっておくけれど、別にこれら言葉を一方的にただ悪いと言いたい訳じゃない。
これを聴いた誰かが、もしもこの言葉によって前を向くのならそれだけで十分に価値がある。それに、「自分とは違う境遇にいる人がいる」という事実を知ること、それ自体はとてもとても大切だと思う。それで解ること、気付けることがあるし、そうしなければ解らないこと、気付けないことがあると思うから。

 けれどやはりそれでも、この「流れ」が好きじゃない。ここで『だから〜〜』と繋げることが凄く嫌だ。

 これら言葉は同情を誘う。今日生きられなかった誰かを思ってしまう。飢餓で苦しむ子供を、より辛い思いをする人を、誰かの涙を、思ってしまう。 当然、そういった同情する感情はとても大切なことだ。でも、ここに『だから』は繋がらない。それは「ずれて」しまっている。「誰かの苦しみ」を提示して、そこに『だから』を持ってくる。「そこ」を「理由」にしてしまう。

 本来「苦しみ」とそれらの「大切さ」は同じものではない以上、比較のしようがない。ここで解るのは「苦しさ」の度合い、つまり今自分は「苦しくない」ということだ。それは「大切」であることとイコールではない。

 命の価値は、誰かが生きたいと願ったからある訳じゃない。
 食べ物の大切さは、飢餓で死ぬ子供がいるからある訳じゃない。
 今の幸せの価値は、誰かの涙があるから存在する訳では、決して、ない。
 それら幸せや喜びは、「誰かの苦しみがあるから大事にする」ものではないはずだ。

と、あれら言葉を目に、耳にすると思ってしまうのだ。

 「価値」や「意味」は、それ「自身」に見いだすべきだ。「だから」、守り、大切にするんだろう。

 ほんの些細な違いだけれど、その違いはとても大きな違いだ。

 理由は、意味は、価値は、いつだって、「今、ここ」にある。他のどこでもない、「今、ここ」に。

 その「根差す場所」の違いが、きっと支えになる。

 きっと。

Listened Music : 『誰かの願いが叶うころ』 / 宇多田ヒカル

Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.2【DVD特典付き】

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